そんなことなら、神頼み

7月4日現在、僕の住んでいる岩手県では新型コロナウイルスの感染者が確認されていない。なんと、それにも関わらず接触感染アプリ「COCOA」のインストール率は全国トップなんだそうだ。 感染者がいないのが本当なら、それ自体は良いことだ。しかし僕は「感染…

いい人の価値が下がる

「いい人をやめれば」的な本を見るたびに、「またまた…」と思っていたのが、「いい人(≒他人にとって都合のいい人)」でいることは確かに自分の価値を下げることにつながると考え始めた。自分の譲れない条件を死守することが、かえって自分の価値を上げるか…

善意がこわい

「一日に30分だけ!」という宣伝文句が付くものはたくさんある。ストレッチ・ヨガ・ウォーキング・読書・英語・筋トレ…どれも「やるに越したことはない」ことで、耐えず上昇することを迫られている人々の「やったほうがいいと思ってるんだけどね…」という思…

弱者のステレオタイプ

少し前の選挙の結果を見て、「あの身体障害者に何ができる!」と声を荒げていたジイさんがいた。僕は「どうか、そのような差別発言は辞めてほしい」と伝えた。そのうえで、「どうしてそのような差別心が芽生えたのか?」と尋ねると「定年退職後、警備員の仕…

がむしゃらさは 生活を守るもの なのかもしれない

ここ数年の僕にとって、がむしゃらな(実効性の薄い、ガンバっている風に見える)労働スタイルは「生活を壊すもの」だと考えてきた。それを生むようなムラ社会的考え方や・前時代的な勤労イデオロギーを心の中で非難し戦ってきたつもりでいる。しかし、最近…

「役に立つ」を疑う

本当は新型コロナウイルスの感染拡大そのものが災いだったはずなのに、いつの間にか変化していたステージの上で、「社会的に役に立つ人間」「役に立たない人間」がふるいにかけられようとしているー自分が「役に立つ人間」の側でいるためなら、他人を平気で…

やることがなくて怒るひと・植松死刑囚の主張・コロナ禍は繋がっている

「やることがなくて怒るボランティア(もしくは「気付き」によってなんでも「役に立つ」ができるボランタリーなワーカー)」「やることがなくて怒る」悲哀は他人事だろうか - GoKa.と「やまゆり園事件」における植松死刑囚の主張「社会的に役に立たない人間…

ムダの役割と余裕のない社会

ボランティアワークにおける、承認を得ることを目的とした仕事は無駄でも良いのかもしれない、ということを先日の記事で述べた。 ただ、仕事におけるムダはたとえそれが人々を食わせるためだとはいえ、(「より多くのムダな仕事によって多くの人が職にありつ…

余裕のある社会とはどんなものだったのだろうか

相模原事件「植松被告の論理」を、私たちは完全否定できるか(御田寺 圭) | 現代ビジネス | 講談社(3/4) この記事に触発されるように、先日の記事でやまゆり園事件について触れた。 「やることがなくて怒る」悲哀は他人事だろうか - GoKa. 植松死刑囚は一…

前提A:自分の労働の対価としての報酬を得る

「自分の労働の対価として報酬を得る」という前提を僕は勝手に「前提A」と名付けた。この前提Aは、極めてフェアである一方で、今後書いていく記事でも述べるが、社会の余裕を生み出す上でのネックにもなり得る。会社側にとって労働者を使役する都合の良い言…

仕事は無駄でもよいのかもしれない 屁理屈のはなし

ボランティア、もしくは「気付きの労働(気づいたことはなんでもやれてしまう)」におけるワーカーに対して、いまの心境ならば自分が無駄だと思っている仕事(作業)を与えることができるような気がしている。チョッピリ。 かつては(いや、今も割とそうだが…

「やることがなくて怒る」悲哀は他人事だろうか

ボランティアの人々に動いてもらう際に、既にやることが済んでしまってやることがない(与えられない)と怒り始める人に時々出会す。僕は、怒りは「不安」、さらに噛み砕いて言うと、あらゆる「わからなさ」から来ていると考えている。だとすれば、手が空い…

災害のあとたくさん寄せられた物品の数々を片付けていたら、9年前までタイムスリップした気持ちになった

震災や社会的動揺がもたらした混沌とした状況は、きっとこれまで「(お金を払う)価値がある」とみなされなかったもの、「(価値の所在が不明瞭で)価値がつきにくかったもの」に価値を再び与えたのだろう。その名残を見て、我々が常に目指してきた「整った…

虚の耐えられない軽さ 実の耐えられない重さ

先日職場で40人程度の「食堂」イベントを開催し、無事終了した。その後周りを見渡してみると、疲労感が見える。しかし、満足感や達成感のようなものも見える。安堵の表情も見える。自分としては常に「これでよかったのかなぁ」という気持ちに苛まれつつも、…

アウトサイダーとしてのエリート意識 について

『そして、暮らしは共同体になる』という本がセールになっていたので読んだ。新品で読んだのと、Kindleで読んだのに続いて3回目だ。その中に「丁寧なくらし」を志向するマインドに潜む「順応を拒否し、社会の外部にいて社会に適合しない」という立ち位置とし…

作りたいものありき

PCはあくまでも作りたいものを作るためのツールに過ぎないのであり、基本的には(というのは、PCによるPCのためのPCのものはPCしか作れないから)「PCの使い方がわかれば、何かできるようになる」というものではない。作りたいものありきのコンピューターだ…

教えるのが難しい時代に

「(今は)先生よりもどうやら生徒の方が力関係が強くなってしまっている状況がある」「厳しく教えることが難しい時代に、じゃあ誰が教育するのかというと、最終的には自分で自分のことを教育しなければならない時代になってきたと思う」「それがすごく大切で…

『「差別はいけない」とみんないうけれど。』のメモと考えたこと

「リベラル・デモクラシー」は自由主義(討論による統治、個人主義)と民主主義(同質性、何かしらのアイデンティティを共有)という「克服できない対立」を含んでいたにもかかわらず、生きながらえることができた。経済成長の時代には、多くの人がその分け…

女子による「女子語り」のはなし

今の環境は女性ばかりで、女性による「女子は面倒だからサー」という「女子語り」に出くわすことがしばしばある。しかしそれに巻き込まれてしまっては、本当に大事なことを見失ってしまいそうだ。せいぜい、面倒な他人から自分を守るため、もしくは面倒な他…

「秩序なき自由」がもたらす不自由と罪の代理人としての神仏について

残念ながら僕の日常には「神様」というものは存在しなかったし、特に神仏への信仰に厚いわけでもない。しかしいわゆる「神」は我々にとって必要な存在なのかもしれないぞ、と去年を通じて考えるようになった。 ちょっと話は変わって、2019年はこども食堂に継…

リスペクト

「自分の中にもある種の偏見や差別心がある」ーそれまでそんなことを考えたことはなかった。ただ、偏見や差別にまつわる記事を読んで、「そりゃ、そうだよな」「差別や偏見はよくない」と思うことはあってもだ。 先日ふとしたきっかけで自分の口から女性に対…

「違う」から始めましょう 忖度時代のインディヴィジュアリズム

仕事がいつなくなるかわからない不安からか日常生活においてもなお、「他人に認められなければ」と思うようになる。度重なる災害が起こるたび徒らに「やっぱり、きずな」とか「やっぱり、思いやり」と言ったことばが広まり、頭を埋め尽くすたびに、目の前の…

「お式」と「マナー」

結婚式とか葬式になると、次に出てくる言葉は大抵「マナー」である。それまで対してマナーも気にしてこなかったような人間が、なぜ突然「マナー」なのか。おそらくそれは結婚式と葬式には「喜びとか悲しみとか、単一の “感情カラー” がその場を支配して然る…

「いじめの機能」と「仕事レス社会」で「フリーライダー」とみなされないことの困難

「従来の仕事」が少なくなっている・やらなくて済むようになっている「仕事レス社会」においては、他人にきちんと成果の出る仕事をしていることを示すのはますます難しくなっている。そうした難しさがあるにもかかわらず、(それを認めたうえで、本当に大事…

仕事レス社会における役割の喪失問題について

世代交代が起こらない、仕事のための仕事をする、やらなくていい仕事で「くそ仕事」を生み出す、その他やってるフリにこだわる、自他に暇を許せない…そんなこと・人に嘆きつつも、時々「自分は現役世代だからほぼ無条件に『社会における役割があって/与えら…

「『排除ムード』と『マイノリティの包摂』における個人主義的リーダーの役割について考えて高熱を出す」

僕は長らく何かをするにあたって「そこに意志があること」を非常に大事にしていたという意識がある。「むやみに常識とかマナーとかで個人は縛られるべきでなく、そこに意志があれば、それに基づいて実際にやってみることが大事だ」と思ってきた。今だってき…

「今日は、あの人に会える」

正直、心のどこかで「ドラマを観ることを楽しみにすること」を馬鹿にしていた時期があった。「どうせいつか終わってしまうのに」「流行り物だからだろう」「受け身の楽しみで…」など、これだけ並べるとまるで「懐古厨」のジイさんのようだ。そんなことを言い…

「若さを理由にしてはいけない」理由について

僕は「まだ若いんだから」とか年齢の数字だけ見て「これから経験を積めば」とか、そのように言いくるめられてしまうことが度々あり、その都度モヤモヤしている(「もちろん、誰もがアッと驚く大した経験をしたかと聞かれればそうでもないのだが…「経験」はあ…

「くそ仕事」と「反RPA化」によせて、「暇」についての話をする

事務作業のような「くそ仕事」はどんどんなくなって然るべきだと考えている。ちなみに、僕は実際に事務作業に従事している人たちを馬鹿にしているのではない。あくまでもそのような仕事には極力時間や心身のエネルギーを割くものではなく、できることなら早…

ボランティアワーク

ボランティアはボランティアであり、責任がない。だからもし当日すっぽかしたとしても、その責任について追及することができない。そこに何かしらの事情があり、まだ人間関係が築けていない事実もあり、「社会ではそれでは通用しない」などと諭すことは僕の…