「いつでも、どこへでも」から「いつ、どこに」

ついに車を手放す

ついさっき、業者に車を売却した。 平たく言うと、ミニマムコストで 生活してみたい、という気持ちがあったからだ。

これまで色々な場所へ連れて行ってくれたクルマで、 たくさんの思い出の傍にはクルマがあった。 そんなことを思うと、失恋したときと同じくらい 心にぽっかり穴があいた気分だ。


維持費がなければ一ヶ月は働かなくて済む

ただし、決して見過ごすことができないのがその維持費だ。

人によって額はそれぞれだと思うが、 ざっと僕の車の年間維持費を試算してみたところ、 なんとその額210,000円!

若い社員の月給を考えれば、 年間の維持費だけで約一ヶ月分の給料に相当してしまう。

ちなみに、内訳は以下の通り。 自動車税:35,000円 任意保険:77,000円 車検:50,000円(二年に一度車検に100,000円かかるとして) ガソリン代:48,000円(4,000円/月として) 計:210,000円


「いつでも、どこへでも」という感覚

車があると分かっていれば、 「自分はいつでも、どこにでも行ける」みたいな 感覚になるのは当然のことだ。

早朝でも、深夜でも、 好きなところに行って、 好きなところに車を停めることが可能だったからだ。


「いつでも、どこへでも」から「いつ、どこに」

車を手放した今、 僕が考えなければいけないのは 「いつ、どこに」行くかを計画すること。

「いつでも、どこへでも」に比べれば不便な気もする。 しかし、逆に言えば 「自分はいったいいつ、どこに行けば大丈夫(満足)なのか」 が分かってさえいれば大丈夫なのだ。

行きたい場所があれば、計画する必要がある。 「いつでも行けるから」と言ってグダグダしていられないのだ。


むしろ、行ける場所は増える

車を持っていた時は、休日はなんとなく 「1,500程度のガソリン代で行けるところへいく」 という感じだった。

それに対して、車を手放した今、 目に見える交通費の支払額は増えるものの、 一年に210,000円を小旅行に充てられると思えば、 今まで行くことができなかった色々な場所に行くことができる。

結果、これまでは県内を何となくドライブして 毎週末を過ごしていたところ、

これからは毎週、とはいかないまでも、 今後浮くコストで今まで行くことができなかった 多くのところへ行くことができるのだ。


おわりに

「長野県で暮らすのに車は必要」 という認識が一般的なため、 車を売却する、というと買取業者でさえ 「大丈夫なんですか?」と言う。

確かに、ちょっと不便にはなるかもしれないけれど 諏訪市は観光地だからもともとそれなりに便利だし、 僕の住んでいる場所から駅までは歩いて10分だ。

これからは「いつでも、どこへでも」とはいかないけれど、 「いつ、どこに」行くかを計画すればグズグズもしていられない。

浮いたコストで県外に旅行にでも行けるなら、 その計画すら楽しみになる。

新しい楽しみとの出会いと思って、 寂しい気持ちとともに決意(?)を記しておこうと思う。