いつまでもアクティブ・ラーナーとして、ダイナミズムのなかにいたい
例え、「成功者」としての地位を築けなくとも、
アクティブ・ラーナーとしての
「試行錯誤者」であり続けられる限り、そして
そのダイナミズムのなかに自分をおいておける限り、
自分は幸せだ。
あんまり人に知られたいことではないけれども
「何かの分野で『成功者』になりたい」
「そして、誰かに何かを教えられる人間になりたい」
そういう気持ちというものは、
まだまだ可能性に生きることのできる若さゆえか、
つねに自分のなかに付きまとってきた。
ただ、誰かかから求められるような
「成功者」である限りは、
「成功者」として足を止めなければならない。
だれかに何かを教えている間、
足を止めなければならない。
ある種のナルシシズムのようで恐縮だが、
僕は試行錯誤の結果、何かになりたい、
と思っているというよりは、
自分で試行錯誤して、何かを高める
という自分のなかの小さなプロジェクトにいること
そのものが、楽しみだと思っている。
「成功」か「失敗」かは
そのあとの出来事によってどう意味付けするかで
いつでも変化する。
だから、絶対的な成功とか失敗というのは
そもそも存在しない。
それならば!そのときそのときで
「上手くいった!/上手くいかなかった!」
と感じた物事にたいして
「それじゃあ、次はどうするかな?」
ということをひたすら繰り返していくだけなのだが、
これがまた、自分のことならば、楽しい。
昨日の成功は、今日の失敗かもしれない。
「成功者」にはなれなくとも、
自分のことだと思えることを、
試行錯誤し続られる状況にあるということは
それだけでひとつ、楽しいことだ。
この楽しさは、
「エキサイティングである」というよりも
「ダイナミックである」という言葉によって表される
ものに近い。