「飲む」「評価する」は別の人の仕事 ーライフスタイルと酒ー

高級酒志向の地酒のビジネスは今や 高いお酒をたくさん買ったり、 たくさん外で飲んだりできる人々によって支えられている 部分が少なくない一方で、僕はそれほど飲まない。

酒造りの現場仕事は、仕組み的に「高給」向きではない、 というのもひとつの理由だ。

給料の問題だけではない。仕事のあとの過ごし方を考えても、 酒の造り手はそれほど酒を飲まないのではないだろうか。 (僕の勤める酒蔵にも酒をあまり飲まない人は結構いる。)

そんなことにちょっと矛盾を感じるものの、 それは自然な流れでもある。

″Is your job well-paid?″

確かそんな事を、スウェーデンで会ったある女性に聞かれた。 おそらく、「その仕事は給料いいの?」という意味だろう。

もちろん彼女は別に差別的な意味でそう言ったのではない。 スウェーデン人の日本酒ソムリエを訪ねて、 高級酒を引っ提げて日本からやってきた男が、 酒についてあれこれ言うものだから、そう聞くのも不思議ではない。

それにたいして僕は確か

"Actually it's not, but it's okay, because every little thing makes me happy." (実はそうでもないんだけど、あらゆる小さいことで 僕は幸せに思えるからいいんだ。)

と答えた。そういう言い回しをするかは定かではないが、 僕の意味するところは通じたみたいだ。 (まるでELTの大ファンみたいだ)

地酒造りという仕事が、 仕組み的にそもそも外でガブガブ飲むほど高給になりにくいうえに、 ライフスタイルが酒飲みにイマイチフィットしないからだ。

まず、勤務時間が短い。

基本的には年間の仕込みスケジュールが決まっていて、 それに沿って毎日淡々と仕込みを進めていく。

この時点では受注とか納期とかそういうのがないから、 顧客が僕たちを急かすことはできないし、 急かしたところで微生物が早く発酵を進めてくれるわけでもない。 結局きちんと決まった時間に終わるから、残業代がつきにくい。

それに、地酒を造る田舎では、主な移動手段は車だ。

外で飲もうにも、間違っても酒のプロが飲酒運転はできない。 そもそも、都会のようにお店の数が多くない。

一番大きいのは、他にも楽しいことがたくさんあること。

僕の住んでいるところは特に、自然の景色が素晴らしい。 美味しい酒ができるようなきれいな仕込み水が流れているような ところはきっと自然豊かな土地。 ちょっと歩いたり、車を走らせればきれいな景色はもうすぐ。 外を散歩して小さな発見をすることもまた楽しい。

勤務時間が長くないということは、 プライベートの時間も充実しているということ。

今のところ、僕のもっとも大きな楽しみのひとつは、 いろいろな小さいことに気がついて、一緒に楽しんでくれる彼女と 一緒に話をしながら夕飯を食べること。 お互いに一人暮らしで、僕が作ることもあれば彼女が作ることも。

そういう小さい楽しみが日々のなかにあるから、 鬱憤を晴らすために酒を飲む必要がない(今はそんな人いないか)。

いずれ、楽しいことが多いから、 酒を飲んですぐに眠くなってしまうことが 頻繁にあるのはもったいないのだ。 たまにならいいけど。

終わりに

「造り手自信も美味しいと思う酒を」 と思って造っていることは間違いない。

だけれども、少なくとも僕のライフスタイルは 酒飲み向きではないし、酒を飲む、という楽しみ方の占める ウエイトがそこまで大きくないのは、逆説的だけれども 地方に住んでいて、酒造りに携わっているからこそ。

(あと、まだ僕が責任あるポジションにいないから)

改めて考えると、僕たち造り手は 「造る」ことがメインの仕事であって、 「飲む」とか「評価する」とかいうのは また別の人の仕事なのかもしれない。