「私を見て!」僕はそこに清々しさを感じる

「私を見て!」

という感じの強いエネルギーを

これでもか!というほど乗せた

投稿をしている(と勝手に思う)人(女性)が

僕の知り合いの中だけでも4人いる。

なぜ女性か?

それはひとえに僕が男だから?それもある。

あとは、そこから「内面とともに磨かれた美」

というものを感じるから。スゲー言い訳臭いが、

最後まで読んでもらいたい。短いから!

彼女たちの共通点は、パッと挙げて4つある。

一つ目は、みんなトリリンガル(以上)であること。

二つ目は、「カワイイ」系でなく「キレイ系」であること。

三つ目は、あくまでもゴーイングマイウェイなこと。

四つ目、これが非常に大事で、彼女たちは

自分を語るのに他人目線のオシャレに頼らないということだ。

これら四つの特徴は、彼女たちの偶然の共通点であるが、

天然ではそう生まれないもの。

勤勉であることそのものを称賛するのはもうやめだ。

だけど、その真摯な姿勢からは、

下心の自慢を一切感じないのだ。

「ヨガをやっている私」

「オシャレなランチを食べている私」

「料理が上手な私」

そういう他人目線の「女子力」をアピールする投稿ではない。

あくまで、自分が好きだから、自分の写真を

惜しげもなくアップする。

自分の好きな人だから、一緒に写るしアップする。

(皮肉は一切込めていないよ!改めて。)

きっと、「彼女たち」と「その他SNS女子」との間の

分厚い壁はそういう類の違いによるもの。

その自分目線から「私(たち)を見て!」

と言わんばかりの投稿には、

ある種の清々しさを感じるのだ。

野郎の僕にはその「美しさ」を表現できないが、

そこから感じる心意気を、尊敬している。