生きた証を残したい

先日「何者かになる」という記事を書いた。 http://okagakiryoga.com/?p=35

のちに、それって言葉を変えれば 自分の「生きた証」を残したいってことなんじゃないか、とふと思ったことがあった。 「生きた証」という言葉を検索すると、とある「終活」サービスのウェブサイトを見つけた。 http://www.celavi.net/livingproof (普段「就活」のことばかり考えている僕だけに、「終活」とは皮肉なものだ)

そこにはこんなことが書かれていた。 「生きた証を残す」とは、自分と言う存在をひとりでも多くの人の記憶に留めてもらうことなのかもしれません。

人は他人とは違った何か(それぞれのユニークさ)を残したいと心のどこかで思っている。 だから、感覚が若い(青い)人は「自分はこんなことやったよ!」とか「自分はこんなことに興味を持っているよ!」とか、 そういうことを(躍起になって)ウェブに投稿する。 たとえ結果がどうなるか分からなくても、色々なことをやってみる。 遠く離れている人にも認めてもらえるチャンスがウェブによってぐっと広がったから。