「『今日は』調子が悪いわね」

職場のある女性が、話すのに夢中で洗面台の横にかけておくはずの手拭きタオルを洗濯してしまった、 ということがあった。それ自体はミスというほどでもない、本当に些細なこと。 そのとき彼女は「今日は調子が悪いわね、ウフフ」と言っていた。

「今日は」というのはその日その日のコンディションが違う、という前提があってのこと。 いつも良い、とか、いつも悪い、とかじゃなくて、 日々の調子の違いをも受け入れる懐の広さを持ち合わせて、 「今日は調子が悪い」とか、「今日は良い調子だ」とか、 そんな風に人と付き合うことができたなら、と思う。 それが、落ち込んでうまくいかないことが続いている状態にある友人だったり、自分だったり。

「そう、調子が悪いのはあくまでも一時のことなんだ」とか、 「たとえ調子が悪くても側にいるね(これまでと変わらず一緒にやっていくね)」とか、そんな感じ。

仕事をしていると、 「日々の調子が影響するようではプロ失格だ」という一般的な考えに苛まれるけれども、 人の調子はその日その日で違うのは当然のこと。 もっと人のコンディションにフォーカスを当てて、 調子がよければ「じゃあ今日はもうちょっとだけやってみようか」と励まして、 調子が悪ければ「今日はあえてゆっくり休みましょう」とか、 そんなことを(仕事の中でも外でも)うまく調節していく、そんな余裕を持っていれば、 もうちょっと楽にやっていけるんだろな、とふと思った。