問題解決のカギは「事情を知ること」にあり

問題解決のカギは、「事情」にあり。

それを話してもらうには、

「問題」の人にこそ、

「自分は、あなたの味方だ」

というメッセージを送り続ける必要がある。


ドラマ「鈴木先生」は、

中学教諭の鈴木が生徒たちの数々の

「問題」行動に独自の目線から切り込んでいく

目から鱗」なストーリーからなる。

問題となる行動を起こした生徒に対して

鈴木先生は「なぜだ?」から話を始める。

問題とされる行動を、

良いか悪いかで判断するのではなく、

そのいきさつ=事情を知るところから

始めよう、というスタンスだ。

ただ、その「事情」は意外と知られたくないもの。

その場を支配することに目的を置いている人ほど、

事情は明かしたくない。

「問題が問題として存在すること」で

「その場を支配する」という

ひとつの目的が存在するからだ。

もしも、事情が知られて問題行動の

もととなる何かが「解決」されてしまうと、

不本意な結果になる可能性があるからだ。

だとすれば、事情を話せる人間は、

慎重に選ばなければならない。

それなら、それを話してもらうためには?

「自分は、決してあなたを否定しない」

「自分は、無条件的にあなたの味方だ」

(実を言えばみんな、味方だ)

「自分は、自分基準であなたを判断しない」

というメッセージを、言動で送り続ける

必要がある。

かくして、鈴木先生

生徒に真実を話してもらうことに成功している。


そもそも、「事情」というやつは

「正しい」とか「間違っている」

というもので語られるものではない。

ただ、そこにある相手の事情を、

ありのままに認めることは、

きっと難しいものではないし、

相手の事情を認めることは、

自分を否定することにはならない。

ただし、それぞれの事情に裏打ちされた

両者の「正しさ」は、

完全な形で両立することができないかもしれない。

ただ、問題解決とは、そのちょうど良い妥協点を見つけながら

人が気持ちよく共存していくことにこそ意義がある。

そこに「自分の正しさ」を押し通すことを上回る

よさがあれば、問題解決をすればいいし、

なければ、離れればいい。