大学生って何だ

「大学生って何だ」 そんなフレーズが頭に浮かんだ。

先日、用事があって東京に行ってきた。 大学の近くを歩いていると、当然、多くの大学生を見かける。

近くにある某コーヒーチェーンで販売されている ホイップクリーム乗せのドリンクを片手に持ってる彼女の 頭にはちょこんとニット帽。 トップには胸に大きめのロゴの入ったスウェット、 ボトムはこれまた柔らかそうな素材のスカート。 ちょっと底の厚いスニーカーに、足首までのソックス。 当然、背中には黒のリュック。

かっこいいロードバイクで颯爽と現れた彼の頭は、 トップ長めで横を刈り上げた「お坊っちゃま」風ツーブロック。 細長くスラリとのびたその身体によく似合うチェスターコート。 その下にはオックスフォードシャツの襟をちらりと覗かせたニット。 まだ寒いもんね。 当然、足元は革靴。明日はニューバランスかな? 今日は四角いバックパックを背負っているけれども、 ロードバイクに乗らない日はきっとクラッチバッグなんだろうね。

・・・というファッションのステレオタイプを一例に挙げてみた。 別に彼らを揶揄している訳ではないが、 「こういうのがおしゃれ」という、 なんだかこう、「みんながいいと思う」ような 出来上がった価値観が垣間見えた。

(もちろん、大学生だから「お勉強」もしてるんだけどね!)

●「みんな」への意識

毎日私服だから、何となくおしゃれでいなくちゃいけないとか、 おしゃれなカフェでランチをしたり、某コーヒーチェーンの おしゃれな飲み物を飲んだりするのが楽しみだと良さそう、とか 留学には行っておいた方がいい、とか、

自分の意思とは関係ないけれども、「みんな」を意識したときに 無難な選択をする感覚が大学生の間には存在する。

高校時代までは、基本的には「学力」というみんなと同じ尺度で 評価されてきたのはもちろん、「言われたことをやればいい」という 教育を受けて育ってきたのだから、その流れで大学へ放り出されたら ある程度そういう傾向が出るのも当然だ。

僕自身、現役で大学に入学し、留年もせず4年生になり、 就職活動をするまでは「みんな」と同じペースだったから、 (今もそうだと言われればそうだけど、今よりももっと) 「無難」とか「保守的」な感じだった。

それが、ボート部の活動が4年の秋まで忙しかったため、 引退してから一年休学して就職活動をやりなおすことにした。 そうやって「みんな」のペースから離れてから、 「みんな」がどうしているのかよりも、 「で、自分はどうしたいのか?」に向き合うようになった。 (就活をしていたのもあって、向き合わざるを得なかった)

●「みんなと違っていい」を学ぶ   「みんなと違っていい」と言うと、なんだか胡散臭い平和主義者的で しかも「僕は普通じゃない(特別なんだ)からさぁ」 と言うようで自慢げに聞こえるかもしれない。

(いや、成し遂げたことからすれば、 むしろ僕はわりと「平凡」「普通」の部類だ。)

で、何が言いたいかと言うと、 ひとつひとつの細々した選択において、 「これを選んだらこう思われるかもしれない」 と思ったとき、「それを選んでいい」「それでいい」ということを、 何かをきっかけに感覚として学べる。 それが大学生の一番のメリットだと言うこと。メリットどころか、 もっとも学ばなければいけないのはそれだとすら思う。

みんなはカフェでランチだけど、そこにお金をかけたくなければ、 その誘いを断って自炊してもいい。

服だって清潔にしてさえいれば毎日同じスタイルでもいい。

飲み会が好きでなければ、行かなくてもいい。

「で、自分は結局どうしたいのか?」を自分で考えて実行できる。 そういうチャンスがあるのは大学生の大きなメリットであり、 そういう認識を得ること、そうやって自分で選んだ活動から得られる 経験こそ、大学生活の一番の学び。そんな風に僕は思う。

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