働き方

ブルシット・ジョブは日本固有のものではない?

いま話題の本『ブルシット・ジョブ』を半分くらいまで読み進めた。まず驚いたのは、ブルシット・ジョブが日本に固有のものではないことだ。この本を読むまで僕はてっきり、いわゆるブルシット・ジョブ的な仕事は終身雇用と年功序列に代表される「日本型雇用…

「きめ細やかにお仕事をされていたことを感じました」

最近見ているドラマに『義母と娘のブルース』というものがある。その3話では、小学校のPTAの全面廃止を求めて闘う亜希子(綾瀬はるか)の姿が描かれている。これが誠に痛快だ。 事の発端は、亜希子が運動会におけるPTAのやり方の妥当性を、初参加のPTA会議で…

善意と反緊縮

緊縮財政に対抗するのは、現場の「善意」なのだろうか?という疑問から始めたい。 僕はいわゆる「ゆとり世代」かつ「デジタルネイティブ世代」だということもあり、どちらかというと「働き方改革」側に立っている。デジタルツールを使うことによって省ける手…

いい人の価値が下がる

「いい人をやめれば」的な本を見るたびに、「またまた…」と思っていたのが、「いい人(≒他人にとって都合のいい人)」でいることは確かに自分の価値を下げることにつながると考え始めた。自分の譲れない条件を死守することが、かえって自分の価値を上げるか…

がむしゃらさは 生活を守るもの なのかもしれない

ここ数年の僕にとって、がむしゃらな(実効性の薄い、ガンバっている風に見える)労働スタイルは「生活を壊すもの」だと考えてきた。それを生むようなムラ社会的考え方や・前時代的な勤労イデオロギーを心の中で非難し戦ってきたつもりでいる。しかし、最近…

余裕のある社会とはどんなものだったのだろうか

相模原事件「植松被告の論理」を、私たちは完全否定できるか(御田寺 圭) | 現代ビジネス | 講談社(3/4) この記事に触発されるように、先日の記事でやまゆり園事件について触れた。 「やることがなくて怒る」悲哀は他人事だろうか - GoKa. 植松死刑囚は一…

仕事は無駄でもよいのかもしれない 屁理屈のはなし

ボランティア、もしくは「気付きの労働(気づいたことはなんでもやれてしまう)」におけるワーカーに対して、いまの心境ならば自分が無駄だと思っている仕事(作業)を与えることができるような気がしている。チョッピリ。 かつては(いや、今も割とそうだが…

「いじめの機能」と「仕事レス社会」で「フリーライダー」とみなされないことの困難

「従来の仕事」が少なくなっている・やらなくて済むようになっている「仕事レス社会」においては、他人にきちんと成果の出る仕事をしていることを示すのはますます難しくなっている。そうした難しさがあるにもかかわらず、(それを認めたうえで、本当に大事…

仕事レス社会における役割の喪失問題について

世代交代が起こらない、仕事のための仕事をする、やらなくていい仕事で「くそ仕事」を生み出す、その他やってるフリにこだわる、自他に暇を許せない…そんなこと・人に嘆きつつも、時々「自分は現役世代だからほぼ無条件に『社会における役割があって/与えら…

酒蔵ならでは?季節ごとに変わる3つの出勤パターン

僕は酒蔵で働いていますが 実は一年を通じて3つの出勤パターンがあるのです。 それぞれのメリットとデメリットを書いていこうと思います。 ①職場まで徒歩0分!朝30分早くて昼休みが1時間半! 土日祝日も関係なく出勤(休みは申請制) これは酒造りのシーズ…